昔は日本酒のラベルといえば、達筆な筆文字で銘柄が縦に書かれているだけのようなものしかなかったが、この10年くらいの間にどんどん変わってきている。
ローマ字で横書きの銘柄、可愛い動物のイラストやモダンなデザイン、紙のラベルを貼るのではなく瓶にプリントされたものもある。いわゆる「ジャケ買い」をする人も多いし、おしゃれなので「日本酒なんてオッサンの飲み物」と思っている若者も手に取りやすい。
これは日本酒普及のために良いことだと思うのだが、裏ラベルはどうだろう。
日本酒度やアルコール度数などのスペックか、「心を込めて醸しています」的な一言が書かれている程度で、あまりこだわっているとは思えないものが多い。
その点で言えば、昔から御祖酒造の「遊穂」は裏ラベルに「こういう料理と合います」のようなことが書かれており、「料理に寄り添う酒」を謳っているだけのことはあるなぁと思っていた。私はワインはほとんど知識がないのだが、飲むのは好きなのでお店で手に取る時、裏ラベルやPOPを必ず確かめる。「肉料理に合います」のようなことが書かれていると、なんとなく味の想像ができるので選びやすいのだ。
日本酒の裏ラベルももっと「提案」があってもいいのではないかとずっと思っていた。
もしくは、蔵元や杜氏の「想い」でもいい。スペックではなく、どんな想いで、どんな経緯があってこの酒を造りたいと思ったのか。どんなシーンで、どんな人と飲んでほしいのか。新たなチャレンジ酒であれば、何に挑戦したのか、どう感じてほしいのか。それが裏ラベルに書かれていれば、その酒や蔵にはストーリーが生まれる。人はストーリーを感じるものに惹かれると私は思っているので、自社の酒を広く知ってほしいという蔵にとって裏ラベルは大事なスペースではないだろうかと考えてきた。
新政酒造の「新政」は、裏ラベルにびっしりと文章が綴られている。以前、同蔵の佐藤社長が雑誌のインタビューで「酒瓶の裏ラベルは、音楽でいうライナーノーツみたいなものだ」という意味のことをおっしゃっていたのが印象に残っている。
今は音楽もデータの時代なのでCDを買うことも少なくなったが、私はレコードやCDについているライナーノーツを読むのが好きだった。その解説を読んでから、もしくは読みながら曲を聴いていくと、その曲が生まれた背景やアーティストの想いがわかり、より深く音楽が響いたものだ。
日本酒もそうではないのだろうか。少なくとも、私は読みたい。その酒が生まれた背景や造り手の想いに触れながら味わってみたい。
そんなことを何年か前から考えていたら、面白い仕事が舞い込んだ。
依頼主は大分県の(有)中野酒造の中野社長。「ちえびじん」2019BYの12アイテムの裏ラベルを書くのを手伝ってほしい、とメールをいただいたのだ。
それも、「この裏ラベル製作は当社にとって今年一番重要なプロジェクトです」とのこと。
飲食店でお客が「ちえびじん」を注文する。目の前で瓶から酒器に注ぐ。その後、お客が瓶の裏ラベルを読み、こんなストーリーがあって、こんな想いで生まれた酒なんだと思いながら飲んでもらいたい・・・、そう中野社長は語った。
もちろん二つ返事で引き受け、数ヶ月後に大阪で打ち合わせをした。12アイテム1本1本のストーリーを中野社長が話し、私はそれに対して質問をする。その繰り返し。
ただ、ヒアリングしてゼロから文章を作成するのかと思っていたら、すでにベースとなるものは中野社長が作られていたので、私はあくまでも「提案」「校正」をしたにすぎない。
難しいと感じたのは、プロのライターとしてはこう書きたいという表現があったとしても、それより中野社長の「こういう表現にしたい」という想いが強く、そのバランスをとることだった。その後も何度かメールでやりとりし、私は言葉を足したり引いたりしながらより良い表現を見つけたり、12アイテムに統一性を持たせたりすることで、完成までお手伝いをした。
ちなみに、中野社長と知り合ったきっかけは、その前年に「酒蔵萬流」の取材で蔵へ伺ったことだ。大分、大阪と離れているにも関わらず、私に裏ラベルを依頼した理由として、
「幸いにもいろいろな媒体で取材を受ける機会がありましたが、山王さんに書いていただいた記事が、私の想いを一番表現してくれていたからです。」
という一文が最初のメールにあったことは本当に嬉しかった。これぞライター冥利に尽きるというものだ。
それに、大好きな「ちえびじん」の裏ラベルに関われるということも、本当に夢のようなありがたい話だった。
2019年12月に「ちえびじん」の新酒が出回り始め、お店で初めて自分が携わった裏ラベルを見た時の気持ちは忘れられない。嬉しかったし、興奮した。
以来、店で「ちえびじん」に出会うと必ず注文する。
「想い」をよくわかっているだけに、酒に対する親しみが違う。なんとなく愛しい気持ちで飲んでしまう。
以前から思っていたことだが、今回この案件に携わってますます裏ラベルの重要性を感じるようになった。
酒の背景にあるストーリーを飲み手に伝える手段として、「裏ラベル」をもっと活用してもいいのではないだろうか。
CDだってライナーノーツがあるのとないのとでは、曲の捉え方や響き方が全然違ってくるのだから。
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